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2016年と、これからと

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2016年。
慣れない山の中で遭難して、焦って歩き回って、
さらに山の奥に入り込んでしまうみたいな、
迷走しっぱなしの一年でした。

頭ひとつ突き抜けるだけの才能もないのに
このまま書いていて結果が出せるんだろうかとか。
焦りと迷い。不安。苛立ち。
不安だから焦る。焦るから迷う。

そんな時、斉藤学という精神科医の著書【家族依存のパラドクス】
という本に出会いました。
今、家族関係をテーマに据えた小説も書いているので
資料として読んでいたのですが。

その本の中に、
なんだか私にあてて書かれたみたいな文章があったので抜粋します。


あなたね。
才能というのはそんなものではないのですよ。
才能のあるなしというのは、自分を表現する必要がある人とない人、
その違いです。
みんなでわいわいやれる人っていうのは、浅いレベルで
いつも自己表現ができてしまっていますから,
「表現したい」ということを考えずにすんでしまいます。
一人でじっと自分を保っている人は、
自分を何者か証明せざるを得ないから、
文字にしたり絵にしたりするんです。
あなたはそういう形で人とつながる人ではないでしょうか。

このような「表現」には、代償として孤独を支払わなくてはなりません。(中略)

「どうして世間は人とわいわいやることをよしとするのか」
「自分はそういう世間のためにどんなに苦しめられてきたか」

そういうことを書いてご覧になったらいかがでしょう。
そういう表現をしたらどういうことが起きるかというと、それを読んで、
「私も!」「同感だ!」っていう人が出てくるんです。(中略)

表現してください。
今日のように「僕は……」って話すだけで、これは立派な表現だし、
あなたの作品です。(後略)


これを読んで、私はどうしてBLを書くのか。
男女の恋愛ではなくて、どうしてBLでなくてはならないのか。
自分の動機が掴めたというか、
少なくともその部分に関しては迷いがなくなった。

私はこの、「人とわいわいできない孤独」を
BLで書きたいんでしょうね。
だから、すっとんきょう設定のBLを書いていても、
根底に流れているものは「その輪の中に自分は入れない」孤独です。


この本に出会ったのは2016年の年の瀬でした。
人との出会いも縁ですし、本も縁。
何かの力で結びつけられていることを感じます。
だから、2017年も2016年と同じように書いていると思います。
そんなようなことを、同じように書いているはずです。

新年早々、おふざけなしのガチ話になり
ちょっと心苦しくなってきたので、新年のご挨拶と決意表明はこの辺で。


筆者拝

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