「夜のギヤマン」
最終章

夜のギヤマン最終話

 ←夜のギヤマン24 →電子書籍二冊目発売されました。
「……だって美帆子さん。前からずっと鬼島さん狙いだったじゃないですか。今度の事でフリーになったんだったら、鬼島さんのこと堕としにかかってきますよ、絶対」  
 そんな事になったら男の自分は断然不利だ。神谷がいじけて肩を落とすと、鬼島は大きく目を剥いた。
「なに言うとんじゃ。そんな事ある訳なかろう」
「鬼島さんはただの友達だって思ってるのかもしれないけれど……」
「もし万が一、美帆子が迫ってきたって、わしの方がフリーじゃなかろう?」  
 拗ねる神谷の頬をつねり、鬼島が顔を寄せてくる。
「そもそもわしは恋人にしたい奴を友達なんかにしとらんぞ。友達はの。友達にしかできん奴けえ、友達なんじゃ」
 言い聞かせながら額を合わせ、鬼島は伏し目に唇を重ねる。そのうちどちらからともなくキスを深めて舌を絡めた。

「鬼島さん……」
「そんなに可愛く妬かれたらもう、堪らんけんど。気い揉ませんのは不本意じゃけえ。誤解されんよう気いつける」
 それで許せと名残惜しげに唇を離し、鬼島が艶冶に微笑んだ。言葉巧みに言い包められた気もしたが、独占欲を丸出しにしてウザい奴だと思われたくない。神谷は渋々ながらも頷いて、使い終わったブレンダーをシンクで洗った。

「それじゃあ、旭。今度はこっちを試してみい。氷はお前の硬水氷じゃ。じゃけん、仕込み水に硬水を使ったスコッチのグレンモーレンジをベースにしちょる」        
 鬼島はステンレスの作業台にロックグラスをひとつ置き、スコッチと炭酸水を注ぎ入れると、スライスしたシークワサーの蜂蜜漬けを一枚浮かべる。そして、同じカクテルを自分用にと作った鬼島が神谷のグラスにロックグラスの端を合わせた。

「乾杯」
「何にですか?」
「さあな。とりあえず、お前とこうしていられる事に乾杯じゃ」
「何ですか、それ」
 神谷は小さく吹き出しながらも蕩けるように微笑んだ。それでも鬼島に新作カクテルを誰よりも先にふるまってもらえる幸せを、噛みしめながらグラスを合わせる。     

「ウイスキーなのに呑み口が軽くておいしいですね。硬水のちょっとしたえぐみとシークワサーの苦みがちょうど良くマッチしてて」
「ほうじゃろう?合わせる柑橘系はいろいろ試してみたんじゃが、わしも硬水のミネラル分にはライムよりもこっちの方が合っちょるような気がしての」
「これなら普段あんまり洋酒を呑まない女性の方でもいけますよ」
「かもしれんの。グレンモーレンジは口当たりは軽いけんど、最後に硬水らしいえぐみが残るけ、好き嫌いがはっきり分かれるスコッチじゃけんど。わしはこういう骨太の酒が好きじゃけえ。ファンが増えたら嬉しいの」
「大丈夫ですよ。このバーは女性客が多いから、このカクテルでイチ押しにすれば、絶対ヒットすると思いますよ」
「確かに都内で硬水氷でカクテル作るバーは今ん所うちだけやしの。通好みの客にもウケるんちゃうか思うとるとこじゃ」

 称賛されて目を細め、鬼島はグレンモーレンジの瓶をバックバーの棚に戻した。営業外の今夜は鬼島もスーツではなく、Tシャツにジーンズ。神谷は鬼島のくつろいだ背中をじっと眺めてぽつりと言った。

「その硬水氷なんですけど……」
 神谷の手の中のグラスでは多面体に削られた氷が琥珀色に閃いていた。そのノスタルジックな色合いは、まるで夜のギヤマンだ。       

「できれば、鬼島さんのバーだけの専売特許にしてもらえたら嬉しいんですけど」
「えっ……?」
「もともと製造工程に手間のかかる氷ですから大量生産はできないですし。だったら、鬼島さんのバーだけで出すレアな氷にしてもらえたらと思ってるんです」    
 鬼島は面食らったように語尾をあげたが、神谷は目顔で頷き返した。
 面倒みのいい鬼島はきっと、この先も彼の時間と労力を周囲の誰かに捧げるのだろう。
 そんな彼を独占するのは難しいかもしれないけれど、自分と鬼島の間に他の誰とも分かち合わない聖域がひとつあればいい。二人で創った硬水氷をその聖域にする事ができれば嬉しいと、はにかみながら微笑んだ。 

「……じゃけんど、卸し先がうち一軒じゃあ利益は出んじゃろ」
「っていうか、ぶっちゃけ薄利多売にできませんから、売れば売るほど赤字になっちゃう商品なんです」
 最初のうちこそ鬼島も躊躇していたが、説得を重ねる神谷の熱意に折れる形で承諾をした。そして口元を手で覆いながら、実はと言って照れ笑いする。    

「ホンマはうちだけのモンにしたかったけんど、それじゃあ神谷の利益にならん思うて言えんかった。じゃけえ、お前にそう言うてもろうてえかったよ」 
「え……っ?」
 鬼島の言葉に神谷はきょとんと目を丸くする。それではあんなに周囲に硬水氷を売り込んだのは、あくまでこちらを慮っての事だったのか。けれども本心では鬼島も特別な思いを抱いてくれていたのだと知り、神谷は胸を撫で下ろした。             
「だったら、本当に鬼島さんだけのものにして下さい」        
「……おう。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうけえ」
 鬼島は面映ゆそうに鼻の下を指で擦り、やがて神谷を上目に捉える。

「何ですか?急に変な顔して」
「いや、……なんかさっきの言い方、エロ臭かったけ。ドキッとした」
「はあ?別にそんなこと言ってませんよ」
「『鬼島さんのものにして』」
「それは氷の話ですっ!」
 神谷は赤面しながら声を荒げて否定した。けれども鬼島は巻きこむように、無理やり抱きしめようとする。
「お前が言うと、何でもエロく聞こえるな」
「やめて下さい!なに急にスイッチ入れてるんですか!」
「スイッチ入れたんはお前じゃろうが」
 神谷は鬼島の不埒な右手を平手で叩いて払いのけたが、気づいた時には鬼島に頭を抱きこまれ、キスを交わしあっていた。


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