「夜のギヤマン」
第五章

夜のギヤマン18

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歩き始めた鬼島と並んで病院の自動ドアを通り抜ける。鬼島は玄関前のタクシー乗り場で足を止めたが、神谷は首を左右に振った。
「良かったら歩きませんか?ここから僕のマンションまでなら割りと近いですし」
「……えっ?じゃけんど」
「いろいろあって少し混乱してますし。歩いて気分を変えたいっていうか……」  
 鬼島は神谷を気遣い躊躇をみせたが、神谷は押し切り、駐車場から大通りへ出る。左右の舗道は帰宅を急ぐ人々で溢れ、行き交う車のヘッドライトが舗道を歩く無言の二人を斜めに照らした。

「……しんどないか?大丈夫か?」
 大通りを逸れて住宅街に入ってからも、鬼島は何度も神谷に訊ねる。小柄な神谷にあわせるように歩幅も狭くゆっくり歩き、背中に腕をまわして支える。
「そんなに心配しないで下さい。頭打ったっていっても、でっかいコブ作っただけなんですから」
 神谷は笑ってはにかんだ。
 その間ずっと遠慮がちに添えられていた鬼島の腕のほのかな熱が胸まで伝わるようだった。 

 マンションまでの近道に使う狭い路地は、大人がふたり並んで歩けばいっぱいの幅で外灯もない。家の窓明かりが細い道に庭木の影を落としているだけ。すれ違う人もいない夜道だからと、神谷はあえて鬼島の腕を払わなかった。   

「そういえば、あの襲われかけた綺麗な人は大丈夫だったんですか?」
 神谷自身は頭を打って目を回し、当事者である彼女がどうしていたのかわからない。疑問に思って尋ねると、鬼島が険しい顔になる。
「あの野郎。一番最初にとっとと一人で逃げやがって。店の賠償は美帆子にも、美帆子の不倫相手にも全額請求しちゃるからの」
 鬼島は苦々しげに言い捨てて、胸いっぱいに息を吸い込む。そうしてやりきれなさごと吐き出すように、肩で長々息をついた。
「無事だったんなら、いいじゃないですか」
「全然良くねえ!アホぬかすなや、このボケが!」
 ささくれ立った鬼島の心を和らげようと、あえて柔和に答えたが、鬼島は更にいきりたち、神谷を怒鳴りつけてくる。それでも笑っていなした途端、鬼島が前にまわり込み、左右の肩に手を置いた。

「今度の事じゃあ、お前にほんま申し訳なかったと思うちょる。客の安全守るんは、俺と堤の責任やのに……」
「……そんな」
「わしの店で、こがないらん怪我させるなんて……。ほんま情けのぉて涙出る」
 語尾を濁した鬼島の顔が苦悶に歪み、肩を掴んだ鬼島の手にも力がこもる。
「鬼島さん」
 涙が出ると言ったきり、口を噤んだ鬼島がやがて、伸ばしたままの腕の間に重く頭を項垂れさせた。肩を掴んだ指からも慟哭のような自責の念が直に伝わり、神谷の胸を切なくなるほど締めあげる。
 
「……大丈夫ですよ、鬼島さん」
 神谷は慈愛に満ちた笑みをのぼらせ、鬼島の肩にそっと額を押しあてる。
「神谷……」
「僕は別に、鬼島さんと堤さんの代わりに身体張ってあの美帆子って人をかばったんじゃないんです」
 自分の方から初めて鬼島の身体に触れた。
 神谷はそれだけでもう、一生分の勇気を全部使い果たした気さえした。
 シャツ越しに伝わる胸板の厚み。 
 夜気に紛れてたちのぼるフレグランスの甘い香り。男の体温。どんなに意思で押さえこんでも、悪寒のように体が震え出していた。
「……神谷」
 髪に落ちた鬼島の声にも当惑の色がにじんでいた。夜になっても蒸すように暑い夜なのに、歯の鳴る音が鬼島に聞こえかねないと、神谷は無理やり話し続ける。

「僕は鬼島さんをかばっただけです。だから、他の客のことなんて全然頭になかったし、鬼島さんさえ無事ならそれで良かったんです。だから僕がそんな風に、二人の代わりに役目を果たしたみたいに言わないで下さい。だって最後は鬼島さんが間に入って僕らを守ってくれたんですよ……?」

 だから、鬼島に義務を果たせなかったと自分を責めて欲しくない。
 祈る思いでゆっくり鬼島を見上げると、瞠目したまま激しく瞳を戦慄かせている鬼島の顔が間近にあった。

「神、谷……」
 熱く潤んだ瞳の奥に、戸惑いと期待とはにかみと欲が次々顔を出しては消える。
 ゆっくり唾を飲み込んだ鬼島の喉が蠢く様にも神谷は淫らに鼓動を煽られ、夢見心地で双眸を細める。あまりに脈が速すぎて息まで震えるようだった。
 けれども鬼島は何かを否定するかのように、うろんに首を左右に振ると、伏し目に笑んで顔を背ける。

「なんか、お前に慰められてしもぉたの」
「鬼島さん……」
「お前のマンション。確かあの先の公園の前じゃったけえの?……あんましすごいマンションで、この前来たとき、ビビったんじゃ」
 虚ろな笑いで口元を歪め、踵を返した鬼島の引きずるような靴音が静まりかえった路地に響いた。
 見る間に遠退いていく猫背の黒影。その肩を落とした広い背中を黙って見ていた神谷がふいに決然として顎を上げ、鬼島の後を追いかける。

「……神谷?」
 剣呑に黙りこんだまま、鬼島に肩を並べた神谷に鬼島が怪訝な目を向ける。神谷は鬼島の隣をすり抜けて、手前に見えるマンション前まで駆けていった。 




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