「夜のギヤマン」
第五章

夜のギヤマン17

 ←夜のギヤマン16 →夜のギヤマン18
それからすぐに到着した救急車で、神谷は救急外来へと搬送された。
 念のためにCTスキャンや脳波の検査も行なわれたが異常は診られず、腕の傷の治療が終わると診察室を送り出される。
「神谷……っ」
 診察室の正面で待ち構えてでもいたかのように鬼島がすぐに駆け寄ってくる。
「鬼島さん……」
「どうだった?腕の傷は」
「四針縫いましたけど大丈夫です。もともとかすっただけだったんで、傷自体はそんなに深くなかったみたいで」
 神谷は微笑みながらあえて明るく答えたが、鬼島は顔を強ばらせたまま神谷を切なく凝視していた。     

「……鬼島さん?」 
 小首を傾げて見上げていると、深く重いため息とともに、鬼島の胸に抱き寄せられる。神谷は一瞬声をあげ、咄嗟に体を身動がせたが、背がしなるほど抱きすくめられ、息が止まりそうになる。
「あ、あの」
「かすっただけじゃねえだろう。四針も縫っといて……」
 忌ま忌ましげに語尾を濁らせ、鬼島はそれきり口を噤んだ。汗濡れた身体は冷えきっていて、心なしか震えてさえいる。神谷はおずおず鬼島の背中に手をまわし、大丈夫だとそっと撫でる。
「神谷……」
 そんな神谷に応えるように鬼島の腕にも力がこもる。神谷は思わず目をつぶり、戦慄きながら息を吐き出す。夜の救急外来は人影もなく、薄暗い廊下で男二人がこうしていても気にとめる者もいなかった。 

 こんな風に鬼島に抱きしめてもらえるのなら、四針縫っても安いぐらいだ。鬼島の肩に額を預け、神谷は淡くほくそ笑む。あれほど冷えきっていた鬼島の体もほのかに温もり、微かな震えも治まっていた。  
 湿ったシャツの布越しに伝わってくる胸の心音。
 時折息を継ぎながら抱き直してくれる鬼島の熱い唇がうなじをかすめて髪へと流れる。そのたび芯から震えるような甘い痺れに息を呑み、恍惚として天を仰いだ。


 「……ああ、うん。神谷も精密検査で特に異常なしって事じゃけ。今、会計窓口で清算しちょる。大丈夫じゃ」         
 警察で事情を聞かれていた堤から鬼島の携帯に連絡があり、鬼島ともども玄関ホールへ移動した。
 窓口で清算している神谷の後ろで鬼島が堤に連絡をして、経過を報せる。
「堤さんの方はどうでした?」     
 手続きを済ませた神谷が鬼島を見上げて訊ねると、鬼島が顔を曇らせる。    
「堤も事情聴取が済んだそうじゃけ、今日は家に帰らせた。うちは現場になっただけで事件に直接関係ないって事ははっきりしちょるし、すんなり放免されたそうじゃ」
 鬼島は肩で息をつき、眉間の皺を深めて続けた。

 加害者の女はあの九頭身美女が不倫していた男の妻だという事だった。彼女が鬼島のバーの常連だという事を突きとめた上で凶行に至ったという。 

 結局、女は神谷に傷を負わせただけで鬼島にすぐに取り押さえられ、駆けつけてきた警察官に現行犯逮捕されていた。 よくある男女のもつれとはいえ、あの能面のようだった妻の鬼気迫る目の色と断末魔の咆哮が脳裏に鮮明に焼きついている。    
 神谷が思わず身震いすると、神谷の怖気を悟ったように鬼島が肩を抱いてきた。

「……帰ろう。家まで送るけえ」
「はい……」




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
総もくじ 3kaku_s_L.png 一緒にいようよ
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
総もくじ  3kaku_s_L.png 一緒にいようよ
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【夜のギヤマン16】へ  【夜のギヤマン18】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【夜のギヤマン16】へ
  • 【夜のギヤマン18】へ