「夜のギヤマン」
第四章

夜のギヤマン14

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それはまったく悪気の感じられない好意に満ちたひと言だった。けれどもそんな邪気のない鬼島の言葉が神谷の心を凍りつかせる。
「……そ、うですね。はい。ありがとうございます」
 咄嗟にぎこちなく頷いたものの、神谷は責めるようにじっと鬼島を凝視した。 

 もちろん彼は自分のために善かれと思って言ったのだろう。

 それでも硬水氷は自分と鬼島で時に意見を戦わせ、苦心の末に作りあげた二人の作品なんだと思っていた。
 それをどうしてそんなにあっけなく、他人に分け与えても構わないなどと言えるのだろう。神谷は硬水氷に執着のない鬼島の態度に胸をえぐられ、深い落胆を覚えていた。     

 その後も表面上はにこやかに鬼島に応対しながら、心はどこか遠くを彷徨って、鬼島を素通りしていった。パーティが午後九時前に終了すると、酒が進んでほろ酔い気分の鬼島と並んで会場を後にする。 
「……疲れたんか?」
「えっ……?」
 ホテルの前で一緒にタクシーに乗り込んだ鬼島が隣の神谷を覗きこむ。神谷は気遣わしげな鬼島に黙って微笑を返し、少しと言って目を伏せた。
「お前のマンションの方に先に行くけん、着いたら起こしちゃるけ。寝とったらええ」
「……ありがとうございます」
 神谷は運転手に自宅の住所と道筋を告げ、車の窓枠に額を預けた。
 走り出した車の穏やかな振動に身を任せるうち、自然に目蓋が重くなる。そのまま眠りこんでしまっていたのか、ふいに肩を揺らされて、目覚めた時にはマンションの見慣れた玄関口の前だった。

「……じゃあ、お先に失礼します」   
 神谷はタクシー代はいいと言う鬼島の好意を押し切るように自分の分の支払いを済ませ、一人で車を降り立った。
「今日は本当にありがとうございました」
 最後にドアの隙間から顔を覗かせ、礼を述べると、鬼島が片手を掲げて目顔で応える。

 後部座席の窓辺に座り、長い脚をゆったり組んだ鬼島を一瞬このまま帰したくない。一緒にいても侘しいだけだとわかっているのに、こうしていたい衝動が神谷の足を凍りつかせる。       
 「……神谷?」             
 けれども訝しそうに尋ねられ、神谷は咄嗟にドアから退き、よろめいた。
 直後にバタンとドアが閉まり、車が鬼島を運び去る。
 
 鬼島は後部座席で振り返り、気遣うように神谷を仰ぎ見ていた。
 しかし、神谷があえて明るい微笑をたたえて頭を下げると、面食らったように大人しくなる。神谷は鬼島を乗せたタクシーが住宅街の闇にのまれて見えなくなるまで、その場でぼんやり立ち尽くしていた。
 もしも鬼島が友達だったら、あのまま誘って家に上げ、お茶でも出していたかもしれない。なのに今の自分は鬼島にそれができないと、自嘲を浮かべて目を伏せた。




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