「夜のギヤマン」
第四章

夜のギヤマン11

 ←夜のギヤマン10 →夜のギヤマン14
それからというもの、堅かった殻の一部が破れかかっているような不安に揺らぐ自分自身をいつもどこかで感じていた。 危なっかしいと言われた事で本当に危うくなってしまった気がした。 
 そのせいなのか、鬼島からシェリー酒メーカー主催だというパーティに誘われ、ホテルの高層階ホールで落ちあった時も、エレベーターを降り立つ彼をひと目見るなり安堵を覚える。

「おう。待たせてすまんかったの」
 片手を挙げて足を早めた鬼島の今日の装いは、グレーのスーツに白衿と紺ストライプのクレリックシャツ。
 落ち着いたグリ-ンのネクタイと白いチーフが若々しい印象を添えていた。
 いつもの艶めいた夜の装いではなく、洗練されたビジネスマン然とした鬼島に思わず見惚れていると、鬼島の視線がついと左に逸れていく。つられて目をやる神谷の脇から白髪の紳士が歩み出て、鬼島に気さくに握手を求めた。 

「久しぶりだなあ。元気だったか?」
「お陰様で。岸さんもお変わりなく」
「だけど、珍しいな。鬼島君ってこういうパーティ、苦手なんじゃなかったっけ」
 にこやかに挨拶を交わした二人が、やがて神谷に目線を移した。目力の強い男二人に見つめられ、思わず神谷がたじろいでいると、鬼島に笑顔で招かれる。    

「東さん。こちら今、うちのバーに氷を卸してくれている製氷会社の神谷さんです」
 鬼島は神谷を紹介したのち、神楽坂のバーのオーナーだという東を神谷に紹介した。神谷が東と名刺交換する際も、神谷が数ヶ所で天然水を汲んできて、質の異なる氷を作っている事などをアピールする。   
「酒の味は氷で全然変わるからねえ。ぜひ、うちのバーにも卸して下さい」      
 鬼島の推挙を受けた東が商談の日程を申し出るまで、ほとんど時間はかからなかった。神谷は機嫌良くパーティ会場に消えていく東を見送り、傍らの鬼島をちらりと見上げる。

「……もしかして僕を紹介するために、わざわざ連れてきてくれたんですか?」

 シェリー酒メーカー主催であれば、東のような飲食店関係の参加者も多いはずだ。
 しかも先日、冬場の顧客確保が目下の課題なんだと話したばかり。社交は苦手だという鬼島が自分のためにと思っただけで、鼓動が一気に高鳴り始める。
 返事を求めてじっと見つめる神谷に鬼島が気恥ずかしげに頬を歪めた。

「……まあ、わしも新商品の勉強せんといけんけの」
 鬼島は否定も肯定もしなかった。
 けれども視線を逸らした強面が、みるみる紅潮していった。                 
「まあ、とりあえず入れや」
 と、忙しなく踵を返した鬼島にパーティ会場へ誘われ、神谷は笑み崩れながら後に続いた。きっと今は自分の頬も鬼島以上に赤く染まっているのだろう。まるで二人でもう既に、シェリーに酔ってしまったみたいに。

「このカクテルも凄くおいしいですね。呑みやすいからノンアルコールみたいな感じで」
「ベースはシェリーとカルピスか。神谷が好きなら、何かうちでも作ってみるか」

 神谷は主催者側が提案するシェリーのカクテルを試しつつ、ブッフェ料理を楽しんだ。
 白いクロスのかけられた丸テーブルを囲む大勢の招待客達。鬼島は彼等の中から顔見知りの客を見つけるたびに神谷を引き合わせ、神谷の氷を薦めてくれる。そうして名刺交換を終えた神谷がほっとひと息ついた時、鬼島にそっと耳打ちされる。  
「お前さ。何じゃったらあの硬水氷も売り込めよ。バーテンじゃったら硬水氷を欲しがる奴は、ごまんとおるけ」  
「えっ……?」




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【夜のギヤマン10】へ  【夜のギヤマン14】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【夜のギヤマン10】へ
  • 【夜のギヤマン14】へ