「夜のギヤマン」
第三章

夜のギヤマン9

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「でも、私。この前、鬼島さんにふられたんです……」
 切なげに眉を寄せた恩田が言うには、あれから何度か友達を連れて鬼島のバーにも通ったのだが、接客以上の反応はなし。
 思いきって自宅に誘い、料理の手ほどきを頼んだものの、店を始める以前からの友人ではない店の客とは会えないなどと言われたらしい。

「そうだったんだ。……ごめんね。余計なこと言って」     
 神谷は頭を下げて詫びながら、鬼島の意外な反応に心はさざ波立っていた。         

「でも私、これでも結構頑張ったんです。あの時一緒になった人達だって絶対鬼島さん狙いじゃないですか。なのに、あの人達は友達だからって優しくされて狡いって言ったら、皆ただの友達だって怒られちゃって……」
 恩田は承服しかねるように唇をつんと尖らせた。
 ステンレスのボールに氷を入れて、アイスピックでガンガン突くと、本当はああいう優しいだけの人が一番狡いとくり返している。
 だが、その優しさにつけ込んで、あわよくばを狙う女は狡くないのかと神谷は内心思ってしまう。 

 神谷が団子のお礼にと思い、カキ氷を鬼島の元へ持っていくと、団子屋の本来の店主である老婆が杖を突きつつ参道を歩いてきた所だった。
「匠よ、ほんまにすまんかったのう」
 老婆は屋台の中の鬼島と交替しながら、ほとんど涙ぐむように礼を述べた。
 そして、持っていた巾着袋から謝礼らしき茶封筒を出し、鬼島の胸に押しつけようとする。しかし、鬼島は「かまん、かまん」と押し返し、恐縮している老婆に言った。   

「ほら。わし、キヨ婆に日焼け止めクリームちゅうもん買うてきちゃったけ。朝、顔を洗ったらこうして塗りいよ?ええか?」
 鬼島は屋台の隅からチューブ状のクリームを出し、老婆の頬につけてやりつつ説明をする。
「おおっ?……何じゃな、これは」
「肌を日に焼けんようにするクリームじゃ。キヨ婆は全然化粧せんけんの。紫外線予防せんとシミになったり癌になったりするけえ、朝は顔と腕に塗るようにせえ。ええな?わかったな?」
 おそらく老婆には『日焼け止め』という概念そのものがないのだろう。鬼島が渡したクリームをもの珍しげに眺めていたが、やがて少女のようにはにかんだ。

「いつもすまんの。ありがとうよ、匠よお」
 老婆は面識のない神谷にもなぜか「ありがとう」と礼を言い、鬼島を拍子抜けさせ笑わせていた。
 また、老婆と鬼島のやりとりを眺めるうちに、鬼島は老婆に会うたびに、菓子などの何かしら手土産を持ってきているらしい事もわかってくる。

「……本当に女の人に優しいんですね。鬼島さんって」
 神谷は団子屋の屋台を後にする鬼島に並んで参道を歩きながら独りごちた。
 それに、本職として銀座のバーのカウンターで、肉食女子達を迎え撃つ普段の彼より生き生きしていて愛らしくもある。しかし、鬼島は憮然としながら反論してくる。
「わしは別に、男も女も区別しとらん」
「でも僕、女の人だけに妙に優しい鬼島さんしか見ていませんけど」
「そんなことない。わしはちゃんと堤にだって神谷にだって優しくしとるど?」
「そうでしたっけ。僕は全然記憶にないな」
 からかう神谷を責めるように渋面を浮かべ、鬼島が睨みつけてくる。
 ただ、そんな威嚇も照れ隠しだとわかるから、むしろ神谷に頬がほんのり色づくような温かささえ感じさせた。
 そして同時に、多分に思わせぶりとはいえ、鬼島の態度が親切以上の何ものでもなく、それ以下でもないことだけは信じられるような気がしていた。途端に不思議な安堵が胸にわき、ほっと肩で息を吐き出す。     

「でも僕、鬼島さんは恩田さんのことタイプなんだと思ってました」 
 神谷は恩田に打ち明けられた話を隣を歩く鬼島に伝えた。カキ氷を頬張っていた鬼島は険しく眉をひそめ、心外そうに首を傾げる。
「……なんで?別にそうでもないけんの」 
「だって、この前。恩田さんばっかりずっと見てたし。彼女の前から動かなかったじゃないですか」
「そうかの。わしは神谷の彼女と思ってたけえ、サービスしてたつもりやど?」 
 鬼島はおどけるように眉を開いて答えると、すぐに氷の方に視線を戻した。

「じゃあ、鬼島さんのタイプってどんな感じなんですか?」
 極力彼とは目を合わせずに、神谷はくぐもる声で低く訊ねる。
 あんなに可愛い恩田をふったぐらいだ。よほど理想が高いのか、もう既に彼女がいるかのどちらかだろう。鬼島の返事を待つ間、急に鼓動が逸り出すのを感じていると、ふいに鬼島が笑みをもらした。  

「わしのタイプは乳のでかい色っぺえ姉ちゃんじゃ。あの子みたいなガリガリは好かん」
 含み笑った鬼島の答えが神谷の胸に鋭く刺さった。
 確かに恩田はスリムで清楚なお嬢さんタイプだけれど、自分も男にしては骨格からして華奢なタイプだ。色気の欠けらもないよなと、項垂れかけて神谷ははっと我に返った。男の自分が落ち込む理由はないのだと、背筋をしゃんと伸ばした直後、頭をぽんと叩かれる。   
「今度は一人で呑みに来いや。一人で攻めて来よったら、酒の呑み方教えてやるけ」
 鬼島は神谷の頭をポンポンはたき、嬉しげに双眸を細めさせる。神谷は子供扱いしないでくれと、頭を振って払いのけたが、その掌の重さと熱が消えることなく胸に残った。




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