「夜のギヤマン」
第三章

夜のギヤマン8

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幸い硬水氷の試作も終えて、鬼島のバーに氷を収める役割も会社の社員に引き継いでいる。
 もしかしたら、もうこのまま会う事もなくなるのかと思い始めた頃だった。寺の朝市にカキ氷の移動販売車を出し、屋台が並ぶ参道でチラシ配りをしていた神谷は、
「何だ、何しとるんや。神谷じゃねえか」 
 という、武骨な広島弁で呼び止められる。反射的に足を止め、周囲に顔を巡らせていると、『みたらし団子』の暖簾のかかった屋台の中で鬼島が団子を焼いていた。

「何やってるんですか。鬼島さんこそ、そんな所で」
「何って、ここの屋台の婆ちゃんが病院通いになってもうての。朝は十一時まで屋台に出られんちゅうて愚痴るけん。じゃったら、わしが婆ちゃん来るまで焼いちゃる言うてやったんじゃ」
 頭にタオルを巻いた鬼島が焼き網の上の串を返し、団扇で炭火を煽って語る。見るからに年季の入ったテキ屋の兄ちゃん然とした彼を神谷は唖然と眺めるしかない。

「お知り合いなんですか?そのお婆さん」
「ほんまは堤の婆ちゃんじゃけんど。あいつは薄情じゃけえ、面倒臭え言いよった」  
 けれど、店主の都合で店を開けたり閉めたりすれば、客はすぐに離れてしまう。鬼島は苦々しげに舌打ちをして、神谷に一本差し出した。
「せっかくだから食ってけよ」
「……ありがとうございます」
「そっちは何だ?今日はどうした」
「何だって移動販売ですよ。カキ氷の」
 神谷は伏し目に言い放ち、団子を食んで口を噤んだ。もう会う事もないのだろうと思っていたのに、会えば会ったで心が弾んだ。そんな自分が忌ま忌ましくて、むっとしたまま黙っていると、鬼島が訝しそうに聞いてくる。

「じゃけんど、お前は一応専務なんじゃけ。販売なんざ、バイトにやらせりゃいいじゃねえか。なんでわざわざお前が出張るんじゃ」
「カキ氷の販売は本当は売上どうこうの話じゃなくて、宣伝の方が目的なんです。氷屋はどうしても冬場は暇になっちゃうでしょう?だから、移動販売を通して新しいお客さんのコネができればいいなって、僕が言い出した事なんです。もちろん営業の話はバイトに任せられないし、僕も自分でやりたかったし」 
 食べ終えた団子の串をゴミ箱に捨て、神谷はおいしかったと笑顔を向けた。    
「僕は移動販売は宣伝のつもりでやってますけど。それでも採算合うのかどうかって、最初は社内でも賛否両論ありました。だけど、会社でじっと座ってたって新規の顧客に出会えませんから。自分が外に出てやってみて、それは実感しています」
 おかげでこうして鬼島と知り合う事もできた。
 やっぱり行動すれば必ず何か得るものはある。神谷がはにかみながら続けると、鬼島も眩しいものを眺めるように双眸を細めた。

「……そうか。まあ、頑張れや」
 やがて面映ゆそうに目尻を下げて、焼けた団子を山のようにパックに詰める。そしてそれを土産だと言い、神谷に持たせた。
「こんな勝手な事して大丈夫なんですか?」
「かまん、かまん。その分わしが儲けちゃる」
 神谷は呆れて突き返したが、浮かれた鬼島に押し戻される。結局それを手に下げて、元来た道を戻っていった。 

 最初に鬼島に会ったのも、確かこの寺の朝市だったはずだ。
 きっとあの時もバーの仕事をこなした後に、団子の屋台を開きにわざわざ来ていたのだろう。神谷は自然に頬をほころばせていた。
 
 だから尚更、たった今見た気さくな男が気さくさのあまり、女から女に渡り歩く男だという事が残念に思える。神谷は小さくため息を吐き、水色の波飛沫の上に赤い『氷』の文字が書かれたノボリが旗めくワゴン車に乗り込んだ。

「これさ。さっき鬼島さんに会って貰ったんだけど、休憩の時にでも食べてよ」
 と、ビニール袋を軽く掲げ、中にいた恩田に微笑みかける。  
「参道の団子屋さんの手伝いに来てるらしいだから、恩田さんも後で行ってみたら?」
 神谷は気を利かせたつもりで言った。しかし、途端に顔色を曇らせた恩田が目を伏せながら苦笑いする。




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