「夜のギヤマン」
第二章

夜のギヤマン6

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けれども、恩田は堤と話がしたいに違いない。隣をそっと窺い見た時、恩田がふいに身を乗り出させて鬼島に訊ねる。
「このオイルサーディン。ハーブが効いてて美味しいですね」            
「ええ、そうなんですよ。よくわかりましたね。実は柑橘系のダイキリのベースにもスプリングバンクの風味にも合うように、ハーブを一緒に漬けてるんです」
「じゃあ、マスターのお手製なんですか?」
「ええ。うちで出してるフードはほとんど自家製ですから」 
「私、お料理大好きなんです。もし良かったらレシピとか教えて頂けませんか?」
「いいですよ、もちろん。こんな美人に料理まで作ってもらえるなんて、彼氏は本当に幸せですね」
 
 温和に双眸を細めた鬼島が横目でちらりと神谷を捉える。
 もしかして、彼女を連れてきた自分が恩田の彼氏と誤解されているのだろうか。神谷が慌てて否定しようと口を開くと、恩田が笑って鬼島に答える。

「でも、私。食べさせてあげられる人がいないんですよー」
「えっ?……そうなんですか?」
「そうなんですぅ。実は今、すごく年上の人に片思い中なんですぅ」  
 鬼島はフリーだという恩田の言葉に驚いて、つきあってるんじゃないのかと、小声で神谷に問い質してくる。素早く首を左右に振った神谷の隣で恩田が畳みかけてきた。 

「私、もうすぐ誕生日なんですけどぉ。マスターみたいな大人の人には二十一の女の子なんて子供っぽすぎて駄目ですかぁ?」
 いつになく甘い声音で語尾を引っ張り、鬼島を見つめる恩田の瞳が幼気な仔犬のように潤んで見える。
 イケメンバーテンと言われた時点で堤の事だと勝手に解釈していたが、恩田が『片思いしているすごく年上の人』というのはこの強面の方らしい。
 神谷は目の前にいる鬼島をちらりと窺い見た。
 すると、鬼島も恩田の秋波を悟ったらしく、さっきまでの仏帳面を一変させた。

「僕なら十八歳以上だって証明さえして下されば大歓迎ですけどね」      
 絵に描いたような接客スマイルを浮かべて答え、恩田を無邪気に喜ばせている。
 自分と氷の話をしていた時は上の空で、こちらが恩田の彼氏じゃないとわかった途端にこの顔だった。うって変わって上機嫌の鬼島から神谷が顔を背けた刹那、カウンター席の対岸にいた女性客が焦れたように大声を出す。 

「ちょっと、もう!さっきから若い子ばっかり贔屓してないで、こっちにもお酒頂戴よ」 
 瀟洒なスーツの起業家風の女が一人でグラスを掲げ、早く早くと鬼島を手招く。 
「わかった。わかったから、大声出すなて」
 恩田に目礼を残して去った鬼島が白洲でいいかと女に訊ねた。           
「私にもスプリングバンク、奢ってよー」
「アホ言うな。なんでお前にそんな高い酒呑ませてやらにゃならんのじゃ」
 鬼島の上着の裾を掴んでごねる女の甘えた仕草。それを宥める鬼島の気安い言葉に神谷の鼓動が不穏に乱れる。        




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