「夜のギヤマン」
第二章

夜のギヤマン5

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「えっ?ああ。……あっ、はい。予約してなかったんですけど、いいですか?」    
「もちろんですよ。どうぞ、お席へ」
 にこやかな堤にカウンターへと導かれ、恩田と並んで革のスツールに腰をかける。
 けれども神谷は目の前に鬼島がいると思っただけで鼓動が速まり、顔まで熱くなってくる。こんなに異様にドキドキするのは、不慣れな場所で鬼島に会ったせいなのだろうか。神谷が視線を泳がせていると、湯気のあがったおしぼりが鼻先にぬっと突き出された。     

「今晩は。今日はいかが致しましょうか」
 と、迫ってきたのは眉間に数本皺を刻んだいつもの鬼島だ。
 しかし、いつもは洗い晒しの黒髪もオールバックに整えられ、額が顕わになっている。加えてピンストライプの濃灰のスーツに濃紺のネクタイ。夏らしいパープルのポケットチーフ。バーの空気感にも溶け込んだ英国調の出で立ちで、いつにもまして傲然と顎を反らした彼を、神谷も挑戦的に睨み上げる。

「何にしますって。そりゃあ、今日はうちの硬水氷に一番よく合うお酒を頂きますよ」
「かしこまりました。お任せという事で宜しいですね?」
 鬼島もいつもと違う自分を見られて気恥ずかしいのか。
 自分で誘っておきながら、にこりともせず神谷と恩田の手元にそれぞれコースターを並べていった。なのに憮然と神谷が答えた刹那、恩田にもおしぼりを出した鬼島が彼女を値踏みするように視線を素早く上下させる。

「お連れ様はいかが致しましょう」
「私はダイキリで」
「かしこまりました」   
 恭しく頷きながら、鬼島が再び恩田の顔を横目で捉える。神谷は胸の奥が不穏に騒めき、軋むように収縮するのを感じていた。 
 さっきから恩田を気にして何度も何度も見返す鬼島。
 もしかしたら好みのタイプなのかもしれない。隣の恩田をちらりと見やり、神谷はしゅんと肩を落とした。 

 恩田の目当ては堤だからと全く頭になかったが、鬼島のストライクが恩田の場合ももちろんあるのだ。神谷は鬼島の視線が自分以外の誰かに熱く注がれるたび、間に入って遮りたくなる衝動にさえかられていた。

「お待たせ致しました。ダイキリです」
 二人の前で華麗にシェーカーを振った鬼島が恩田の前にカクテルグラスを滑らせる。そのあと、神谷の手元にロックグラスを流れるような所作で据え、球体に削られた氷をひとつ落としこんだ。
「モルトウイスキー・キャンベルタウン。1996年のスプリングバンク・ローカルバンレイのロックです」
 鬼島は洋酒の瓶を傾けながら、ひとりごとのように伏し目に続ける。

「ストレートでもええんじゃが。ちぃと冷やした方が、スプリングバンク独特の塩味がもっと楽しめるけえ」
「……これが鬼島さんのお薦めの?」
「こがぁな洋酒の仕込みで使われる水は、本来たいがい硬水なんだんじゃ。なんにロックで使う氷が軟水だと、鼻に抜ける樽の香りや舌に残る渋みの余韻がぼやける気がして嫌じゃったんで。じゃが、どの製氷会社も硬水の氷なんか作っとらんて言いやがるしよ」
「うちだって、本当は硬水氷なんて作ってなかったんですけどね」   
 それなのに鬼島の為にわざわざ地方まで天然の硬水を汲みに行き、試行錯誤の末にこのクリスタルのように澄んだ氷を作りあげた。神谷はグラスを目の高さまで持ち上げて、七色に煌めく美しい氷を心ゆくまで堪能した。

「なにやっとんじゃ、はよう呑めや。せっかく店で一番高い酒、出しちゃっとるんに」
「鬼島さんこそ言葉使いが乱れてますよ?ここは銀座のバーなんじゃないんですか?」
 早く酒の感想を言えと焦れる鬼島を軽くいなした神谷が、苦笑混じりに唇を寄せる。
 確かに口に含むとバニラの香りにバタークッキーのような芳醇な甘味とコクが重なり、最後にうっすらとした杉の香りが余韻となって長く残る。その際氷は冷たさだけを舌に残し、酒の味わいの引き立て役に撤していた。
「……美味いですねえ」
 神谷は唸るようにしみじみ呟き、グラスを置いた。

「こういう上質な空間で、いいお酒と一緒にうちの氷も楽しんでもらえるなんて光栄ですよね。本当に頑張ってよかったな……」
 グラスの中でダイヤのように閃く氷を愛でながら、陶然として双眸を細める。神谷は同意を求めて鬼島に視線を移したが、鬼島は侘しく笑っているだけだ。   
「こっちこそ神谷にゃあ、ぶち感謝しとる。だからこれも、わしの奢りじゃ」         
 恩田と自分に突き出しを置き、オイルサーディンや酒盗を乗せたクリームチーズ、干し無花果のベーコン巻きまで次々並べる。
 けれど、他にも女性客が数人いるのに堤に接客は任せきり。鬼島がこの場を離れようとしないのは、やっぱり恩田がいるからなのだろうか。神谷は苦い笑いで頬を歪めた。 



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