「夜のギヤマン」
第一章

夜のギヤマン1

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鬼島匠(きじまたくみ)が氷を一個口に含んで舌で転がし、続いて歯で割る細かな音がバーの厨房に響き渡る。
 この瞬間を一番苦手にしている神谷旭(かみやあさひ)は僅かに眉をしかめさせた。 

 隅々までモップをかけたタイル張りの清潔な床。
 一方の壁にはステンレスの冷蔵庫が並び、反対側にはシンクやガスコンロが並ぶ厨房で鬼島は作業台にもたれかかり、腕組みしたまま氷をゆっくり舐め溶かしている。神谷が強ばる肩を上下させると、正面の男を睨ねつけるように切れ長の目に力を込める。

 今回彼が試食している一片は、氷屋である神谷が鬼島の注文を受けて作った天然氷だ。
 しかも、本来ロック等に用いられる透明度の高い氷にするには不向きな硬水で、この男は「透明な氷を作れ」と言ってきたのだ。
 
 しかし、硬水を凍らせる過程で雑味の原因でもあるミネラル分が結晶化して氷を濁らせるのは自然の摂理。透明度を高めるため、仕方なくミネラル分を硬水の規定値ギリギリまで除去して作れば、 
「こげん舌触りのええ氷じゃったら、軟水氷と一緒じゃ、ボケ!」
 と、間近に顔を寄せられた上、広島弁でまくしたてられ追い返される。
 銀座のバーテンダーとは思えないほど荒んだ男に汚い唾を飛ばされながら恫喝された時の記憶が神谷の脳裏をよぎっていった。 

 思わず渋面を浮かべたものの、神谷自身が認めざるを得ないほど鬼島の味覚は繊細で鋭い。
 そもそも今年の六月から始めたカキ氷の移動販売車の客として現れた時点から、その言動も味覚も鬼島は常軌を逸していたと、神谷は優美な睫毛を伏せさせて思う。

 下町の寺の境内で朝市のテントを開く農家に混じってワゴン車を止め、神谷が側面扉を跳ね上げさせた時だった。
 バイトの恩田が車の前に箱看板を出していると、ガニ股グラサン姿の絵に描いたようなチンピラがズカズカ寄って彼女に訊ねる。
「おい、姉ちゃん。これ、メニューに『お好きな天然氷で作ります』って書いちゃるけんど。この七種類は全部違う天然水ちゅう事なんか?」
「……えっと。あ、の」
「ええ、そうなんですよ!全部、僕が現地に行って汲んできた天然水を凍らせてますから美味いですよ」            神谷は咄嗟に販売口から身を乗り出させて声を張った。精一杯の営業スマイルを張りつかせたまま車を駆け下り、固まっている恩田の前へと廻りこむ。
 しかし、派手なTシャツに膝の抜けたジーンズ姿のチンピラの横に、いつのまにかダブルブレストスーツを纏った長身の美丈夫まで柔和に笑んで佇んでいる。どこからどう見ても、夜のお勤め帰りの客引きとホストの二人がカキ氷屋の箱看板を覗きこみ、スマホで写真に収めるという、一種異様な光景だった。 神谷はバイトの恩田に何かあってはいけないと、彼女を背後に押し退けながら説明を続ける。

「栃木や群馬や山梨なんかで汲んできた湧き水を氷屋の技術で凍らせてますから口溶けが違います。ぜひ、いろいろ試して下さい。氷が変われば味も微妙に変わりますしね」  
 と勧めれば、看板メニューを舐めるように凝視していたチンピラが目だけを動かし、
「じゃあ、全種類くれや。シロップ抜きで」 
 と、生真面目に言う。



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