「ほんとのことを言ってくれ」
最終章

ほんとのことを言ってくれ 最終話

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「弘く、……ん」
 いらっしゃいと声を張りかけ、数馬もはっとして目を見張る。

「……よう」
 野村に続いて姿を見せた小柄な男が片手を掲げ、苦く笑うと肩をすくめた。  
「春日さん……」
「弘君が新しく入った焼酎がめちゃくちゃ旨ェんだって言ってくるし。やっぱり呑んでみたくなるじゃねえかよ。それに……、東京じゃあれだろ?『向坂』でしか呑めねえんだろ?」
 春日はしきりに鼻の下を指で擦り、時折上目に窺い見てくる。そんな春日の血色のいい顔に寄った深い笑い皺を眺めるうちに、じわじわ両目が潤み始めた。       

「……数馬」 
 惚けたように立ち尽くしていると、野村にそっと肩を叩かれ、促される。途端に数馬は目を瞬いて、二人を中へ招き入れた。
「どうぞ、どうぞ。入って下さい」   
「いいのか?まだ、開店時間前だけど」  
「いいですよ。今、暖簾を出すとこだったんですから」
 ね?と、池内に目をやれば、池内が慌てて表に暖簾を掲げる。続いて、いつになく遠慮がちな春日のために、彼の定位置である角のテーブル席の椅子を引き、笑顔で着席を促した。 

「じゃあ、さっそく例の葡萄焼酎をロックで」
 春日が数馬に会釈をしながら腰を下ろすと、野村もその正面に腰かける。
「畏まりました。じゃあ、弘君は?」
「俺も葡萄焼酎を水割りで」
 と、野村とともに春日がダイレクトメールを数馬に差し出す。数馬は自筆のそれを笑顔で受け取り、嬉々として踵を返した。   

 春日が戻ってくれた事が、再生『向坂』の象徴のようだと数馬は思った。
 そして、その再生をここまで後押ししてくれたのは、きっと野村なのだろう。数馬は厨房でグラスに葡萄焼酎を注ぎながら、再びこぼれ落ちそうになる涙を懸命に堪えて鼻をこすった。     

「お待たせしました。この焼酎は軽井沢にある授産施設の方々が葡萄から育てて醸造したものなんですよ」
 数馬は春日と野村の手元にグラスを置き、防水加工を施したドリンクメニューを開いて見せる。
 野村が作ってくれた説明書きに、葡萄園や修道院の地下醸造所で働く施設の所員や修道士達の写真とコメントを加えたそれに、春日も興味深げに視線を移した。      

「……いい顔してるなあ、みんな」
 グラスの中で氷の乾いた音をたてながら、春日が感慨深げにぽつりと呟く。
「そうなんですよ。畑も醸造も楽な仕事じゃないんですけど、皆さん本当に明るいんです」
「確かに、こいつも口当りがまるくて香りもいいよ。やっぱり、それが作り手の個性なんだろうな」
 春日はたおやかに双眸を細めて数馬に告げると、自身の言葉にはにかんだように含み笑った。

 これほど満ち足りた春日の笑顔を見るのはここ数年来なかった気がして、数馬は目頭も胸も熱くする。しかし、眦を濡らした涙の粒を素早く拭って顔を上げ、板前として精一杯に遇すべく、厨房内へと戻っていった。 

 そうしていつにもまして杯を重ね、早々に酔いつぶれた春日を家へ、野村が送る事になる。そのあと再び戻った時には、既に閉店時間を過ぎていた。


「ただいま」
 と暖簾も引かれた出入口から、改めて野村が姿を見せる。
池内も店の片付けを終えて先に帰宅し、店内は明かりも落とされている。静寂に包まれた薄闇の中、煌々と白く浮かびあがった厨房で、数馬は弾かれたように顔をあげた。

「お帰りなさい。お疲れ様」
 まるで帰宅した野村を出迎えたようで面映ゆかった。数馬が思わず笑み崩れていると、野村も眦を蕩けさせる。  
「お茶漬けでも食べる?弘君。お腹すいてないなら、乾きものか何か出すけど」
「じゃあ、焼酎の水割り一杯もらえるか?腹は減ってないから、つまみはいいよ」 
「わかった。ちょっと待ってて」
 カウンター席につく野村を残して、数馬は厨房へと駆け戻る。と同時に、カウンター越しに「せっかくだから、お前も呑めよ」と促される。

「えっ、なんで僕まで?」
「だって、今日がフェアの初日だったんだろう?春日さんも来てくれた事だし、一緒に乾杯しよう」
「うん。そうだよね。じゃあ」
 と笑顔で頷き、野村の手元と自分の前にグラスを置くと、野村の隣に腰かける。

「……今日は本当にありがとう」
 持ち上げたグラスの端を軽くあわせて、数馬が心からの礼を述べる。こんなありきたりな言葉しか口にできない自分自身にもどかしささえ感じていると、野村が唇だけで微笑んだ。 

「お前の役に立てたんだったら、嬉しいよ」
「立てたんだったら、どころじゃないよ。いつでも僕が、その時いちばんして欲しい事をしてくれて……。本当にいつも、感謝してもしきれないぐらいなんだから」  
 数馬は思わず野村の肘を両手で掴んで身を乗り出させた。けれども、むきになって言えば言うほど野村は困惑気味に眉を下げ、曖昧に笑んで頷くだけだ。

「……僕も、弘君の役に立ちたいんだけど」 
 どうすればこの大人でクレバーな恋人の助けになれるのかさえも、見当がつかない。途方に暮れて肩を落とすと、野村に笑ってたしなめられた。
「そんなに真面目に考えこむなよ」 
「……でも」              

「こんな風に大事な人の役に立てるって事が、嬉しいんだよ。だから、お前は充分俺を幸せにしてる」
 咄嗟に口にしかけた反論も澄みきった双眸で封じこめられ、数馬は唇だけを喘がせる。
自分がそんな大そうな人間だとは思えなかったが、そのままでいいとくり返す野村の真摯な気持ちは伝わってくる。

「ありがとう、弘君……」
「こちらこそ」
 互いに礼を述べあうと、どちらからともなく頭を下げあい、ふたり同時に吹き出した。
 役に立つ立たないではなく、こうして存在すること自体が既に助けになっている。揺るぎない声音で数馬に告げた懐深い恋人が数馬の手の甲に掌を重ね、念押しのように堅く握った。




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