「ほんとのことを言ってくれ」
最終章

ほんとのことを言ってくれ32

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それから三週間ほどたった頃、野村の会社と軽井沢の修道院及び授産施設の事業提携が正式に決まったと、野村が嬉しそうに連絡してきた。
 数馬も携帯を耳にあてたまま、その場で思わず小躍りをする。

「じゃあ、修道院ワインも焼酎も関東では『向坂』が専売できるようになるんだね?」
『どっちも輸出専用の商品として扱う方針で動いている。修道院の東さんは、うちに専売権を譲渡する前に卸しの契約を交わしたのは『向坂』と、京都と大阪の数件だけだと言っていたから。東京で今後この酒が呑めるのは『向坂』だけって事になるな。ていうか、こっちは最初からその為に動いたようなもんだから』
 悪戯っぽく含み笑うかすれた声が数馬の耳朶を甘くくすぐる。『じゃあ、また』と、名残惜しげに挨拶を交わし、数馬はゆっくり通話を切った。 

 修道院からワインや焼酎を仕入れる事にして以来、野村からこういう業務連絡が頻繁にかかってくるようになっている。
仕事の話をする時の野村は、声がいつもより一段低く、まろやかになる事も初めて知った。そして、その落ち着いた頼もしい声音が通話を切る瞬間にだけ、『恋人』の甘い囁きへと変貌するのだ。

 開店前の厨房で携帯をそっとオフにして、その幸福な余韻に浸っていると、背後から声をかけられる。  
「野村さんからですか?」
 池内が厨房の隅で七輪の炭を準備しながら、笑顔を向けて数馬に訊ねた。  
「そういえば、そろそろですよね?野村さんの会社が修道院と事業提携するかどうか決まるは」
「うん。今、その返事が来たとこなんだ。その線で話が決まったからって」
 数馬は肩越しに頷き返すと、早速自宅の父にも電話で報せる。すると、父の方にも野村から連絡がきた所だったらしい。

『俺からも弘君には何かあらためて礼をしようと思ってるけど、お前もよく礼を言っておくんだぞ?弘君とこみたいな大きな会社が、うちみたいな小さな呑み屋をここまで優遇してくれるなんて、本当に有り難い事なんだから』
「わかってるって、そんな事」      
 まるで子供に言って聞かせるような言い草に少しばかり辟易しながら、早々に切ってポケットに入れる。

 これでリニューアルさせた『向坂』のドリンクメニューの目玉が決まった。
関東圏では手に入らない修道院ワインと、授産施設の方々が手塩にかけて育てた葡萄で醸造された葡萄の焼酎。今後は、この新しい酒にも合う肴も考案していかなければならないだろう。 

 プレッシャーも大きかったが、それ以上に全身の血がわきたつような高揚感も感じていた。数馬が無意識のうちに拳を堅く握っていると、厨房内から池内が言った。
「だけど、仲直りできて良かったですね。野村さんと」
「えっ?」




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