「ほんとのことを言ってくれ」
第三章

ほんとのことを言ってくれ23

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 結局その日の交渉を終え、数馬と野村が修道院を離れる頃には日が西に傾き出していた。
「それじゃ、東さん。今週中にもご連絡させて頂きますので」           
「いいお返事を期待してます。今日はお疲れ様でした」

 修道院の正面玄関まで見送りに来た東に向坂さんもと頭を下げられ、数馬は慌てて会釈を返した。あまりに話が進展しすぎて、頭が整理できずにいると、野村に腕を掴まれる。
「ぼーっとしてると転ぶぞ」
 玄関ポーチの階段前で微笑みかけられ、数馬は傍らの男をうろんに見上げた。   

「今日はいろいろ悪かったな。俺のペースで勝手に話を進めちまって」
「ううん、全然。そんなこと……」
 むしろ野村が話をしてくれなければ、ここまで交渉できなかったと、数馬は首を左右に振った。

 あのとき野村が専売権を申し出たのも、野村の会社が一括購入する事で市場に出回る数や扱う店を限定し、修道院ワインと葡萄焼酎の希少性を維持するためのものだった。

「だから、『向坂』はうちが契約書を交わす前に修道院と契約を済ませておけば、うちの会社の括りに縛られずに仕入れを続ける事ができる。うちは修道院ワインと葡萄焼酎は国内での流通より輸出の方に力を入れる方向だから、都内ではまず『向坂』でしか飲めない事になる」
 そう断言する野村に、なぜ今の時点でそこまで言い切れるのかを尋ねると、既に社内である程度の同意を得てきた上で話をしているのだと告げられる。

「県の事業計画書を見て、修道院と授産施設の提携は知っていたから、あとは実態を確認して、うちが事業参入するかどうかの判断だけだったんだ。だから、融資と引き換えに専売権を所得して流通量を制限するっていう話も、ちゃんと上に通してあるから安心しろ」
 野村は不安げな数馬を窺うように、下から覗きこんできた。しかし、ともかく修道院を訪ねてみてから検討すればいいとしか考えなかった自分が次第に情けなくなる。

「なんか、僕。そこまで頭が廻らなくって」
 語尾を濁して俯くと、野村が大きく吹き出した。    
「そんなの当たり前だろ。俺はもう何年この仕事やってると思ってるんだ?初めて営業に出た新人は、皆そんなもんだって」
 野村は明るく笑って説き伏せながら、数馬をふいに抱き寄せた。
野村の肌からたち昇るトワレの香りにふわりと鼻孔をくすぐられ、息が止まりそうになる。のしかかる彼の腕の重さ。慰めるように二の腕を上下に撫で擦られて、胸も唇も震え始める。     

「ありがとう、弘君……」
 気づけばこうして支えられ、手招かれながら導かれていた。けれど、その優しさも広い肩も、好きになればなるほど自分が苦しくなるだけだった。数馬は震えているのを気づかれまいと、野村の腕から逃れ出る。

 「あ……と、僕。教会の写真も撮りたいんだけど、ちょっと寄っていってもいい?」
 上着の内ポケットからデジカメを出し、操作しながら背中を向ける。同時に指で目頭を拭い、小さく洟をすすりあげた。修道院を出る前に、東に案内された地下の醸造所も写真にたくさん収めてあった。 

 英国の古城のような石組みの壁。 
 山と積まれた楢の熟成樽。 
 古びたランプが仄暗く照らす醸造所では、授産施設の所員が白衣にマスク姿で熟成具合や温度をチェックし、ノートに数字を書きこんでいた。

 彼の写真を撮ってもいいかを東に手話で訊ねてもらうと、目が優しげに細められ、快く撮影にも応じてもらえた。今、撮ってきた写真をスライドさせて見ていると、肩口から野村が顔を覗かせる。 

「そんなに写真撮って、どうするんだ?」
「ここのワインや焼酎を『向坂』で出せるようになったらの話だけれど。弘君が作ってくれたドリンクメニューの説明書きをベースにして、ここの写真や作ってる人達の紹介文も一緒に載せられたらって思ってて……」
 数馬はデジカメ画像を見つめる振りで、顔も上げずに事務的に答える。
「ワインも焼酎もいろいろ見たけど、結局僕が売りたいのは、そこに誰かの『物語』が感じられる商品なんだってわかったんだ。たとえば、こういう世俗と隔絶された空間で神様に仕えるみたいに葡萄の栽培に携わってる人がいるとか。呑みながら、その人達の人生にも思いを馳せられるみたいな商品に、僕は魅力を感じるんじゃないのかな」      

 何らかのハンディと共存しながら、日々の労働に静謐に向き合う人達がいる事を、美酒の向こうに感じて欲しい。
 そうして誰かに繋がる事で孤独を癒して欲しかった。『向坂』に居場所を求めて来ていた春日の丸顔を脳裏に思い描いていると、ぽんと頭に掌が乗った。

「そういう発想、お前らしいな」
「弘、く……」
「粋な大将の『向坂』も好きだったけど、あったかくて落ち着ける、数馬らしい『向坂』も俺は好きだよ。ギスギスしてても『向坂』に来れば、優しくなって帰れそうだし」
 幼子を愛でるように軽く頭をはたきながらも、野村が語尾を濁らせる。いつになく頼りなげな声音に誘われるように、数馬は思わず目をあげた。

 眼鏡の向こうで何かを乞うかのように眇められた双眸。
 そうして数馬の頭に乗せられた掌が肩へ滑り、一瞬のためらいを残して離される。




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