「ほんとのことを言ってくれ」
第二章

ほんとのことを言ってくれ17

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「……弘君。それで、あの、春日さんは」  
 と、用意しかけた鍋を片付け、手近な布巾を洗って絞る。目も合わせずに忙しなく訊ねる数馬に、野村は乾いた口調で述べたてた。

「春日さんは大将から数馬に代替りして、『向坂』がだんだん変わっていくのが寂しいって言っていた。春日さんとはあれから別の店に呑みにいって話をしたけど、最後はお前に謝ってたよ。いきなり怒鳴って悪い事したって」
「そう、か。……やっぱりそうなんだ」
 春日のような常連客に不評をかっているのだと思うとショックだった。
それでも、きっと憤る春日を宥めるために野村の方から呑みに誘ってくれたのだろう。数馬があらためて感謝の言葉を口にしようとした時だった。 

「お前さ。……やっぱり俺のこと、避けてるだろう」
「……えっ?」
「それで大将の引退なんて大事な話も、電話してこなかったんだろう」   
 野村は確信に満ちた声音で言い切ると、数馬を険のある目で睨み据えた。数馬は一瞬ギクリと体を強ばらせたが、すぐにあやふやに笑んではぐらかす。

「別に避けてるなんて、……そんなこと」
 否定する声があえなく震え、二人の間にぽとりと落ちていくのがわかる。
 こんな白々しい逃げ口上を誰が本気にするだろう。数馬は自分を苦く笑った。野村もまた、あからさまに嘲笑をして更に続ける。

「いいから、本当のことを言ってくれ。でないと、俺だって謝りたくても謝れないだろ?俺はお前に責められるより、こんな風に黙って距離を置かれる方がしんどいんだよ」
 カウンターに身を乗り出させて、野村が切なげに双眸を細める。数馬は乱れ打つ胸の上を無意識のうちに握りしめ、気圧されるように退いた。        

 けれども、言えるはずがない。 
 本当はホテルで彼女を伴う野村を見た時にはもう、自分の気持ちに気づいてしまっていたのだと、数馬は伏し目に自嘲した。
 
 これまでここで見てきた野村は彼自身のほんの一部にすぎなくて、彼には自分の知らないもっと広い世界があった。
 自分の知らない美人の彼女と別世界のようなリストランテでデートを重ねる野村を知って傷つく理由。
 たとえ初対面でも、若くて綺麗な女の子達を難なく夢中にさせてしまう野村に焦り、苛立ちもした本当の理由。それが本当の事だから言えないのだと、数馬は奥歯を食いしばる。

「避けてるなんて、そんなこと……」
 だから、無理やり笑んではぐらかす。 

 何を無駄に勘繰るのかと俎を洗い、目顔で野村に問いかけた。
 途端に野村が肩を揺らして鼻で笑い、鞄と上着を脇に抱えて立ち上がる。シンクで跳ねる水音に店の引き戸を開閉させる忙しない音が重なり、蹴るような靴音がやがて喧騒に紛れて消えるまで、数馬は皿を洗い続けた。 

 店は唐突に静寂を取り戻し、野村が最後に残した失笑だけが、いつまでも耳の奥でこだまを返すようだった。




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