「ほんとのことを言ってくれ」
第一章

ほんとのことを言ってくれ2

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「今晩は。ちょっと早いけど、いいかな」 
 と、端正な顔立ちに温和な笑みを浮かべた男が優しく窺いをたててくる。
 均整のとれた中背の体躯にグレーのスーツ、ブルーのストライプシャツにラベンダーのネクタイをあわせていた。軽く撫でつけた黒髪と、華奢な眼鏡が品と知性を同時に醸し出している。

「久しぶりだね。うちに来るのは一ヵ月ぶりぐらいだっけ?」            
 飛びつかんばかりの勢いで駆けつけた数馬が、大きな瞳をキラキラさせて彼を見上げる。

「大将が倒れたってメール貰って驚いたよ。俺はヨーロッパの方を回っていて戻れなかったもんだから、結局見舞いにも行けずにすまなかった。お前も大変だっただろう?」
「ううん。だって、弘君が海外出張で帰れないのは知ってたし。なのに、たくさんメールも電話もしてくれて。かえって僕の方こそ悪かったって思ってたんだ。だけど、父さんも今は家で元気にリハビリ始めた所だから大丈夫。本当に、ありがとう」
「……そうか」             
 気遣う男をむしろ気遣い、精一杯の笑顔を返せば、男は数馬の頭に掌を置き、慈しむように軽く叩いて微笑を浮かべる。最後は目と目を交わして互いにはにかみ、目を伏せる二人を池内は厨房内から遠目に眺めた。

「そういえば、池内君は初対面だったよね?」
 数馬に水を向けられて、池内はカウンターの外まで出て来る。
「初めまして。バイトの池内です」
 ぺこりと頭を下げる池内に野村は名刺を差し出し、優れた長身の男を惚れ惚れ見上げる。
「野村です、今晩は。大きいねえ。大学生?」
「はい。今、三年生です」        
「池内君。こちら、野村弘彦さん。この人も大学の時はずっとうちでバイトしてくれてたんだよ」          
「そうなんですね」
 どうりでとでも言いたげに、池内は野村にまとわりついて離れない数馬をちらりと横目にとらえた。途端に数馬は顔を赤らめ、野村の傍を慌てて離れる。

「だけど、弘君は確か今日、日本に帰ってきたばかりなんだよね?」      
 午前中に成田についたとメールを貰い、その際、今日から店を再開させると返事のメールで告げたのだ。数馬はカウンター席の椅子を引き、野村のために水を汲んで用意した。けれども、野村は含み笑いを浮かべたままで数馬の背後をすり抜ける。
「弘君?」
「今日はどうせ、数馬一人でテンパってるだろうと思ってさ。久しぶりに手伝わせて貰おうと思って来たんだよ」
 野村は品のいい光沢を放つ上質のジャケットを脱ぎながらカウンターの中に入った。そして、迷いのない足取りで厨房を横切り、奥の納戸でネクタイを緩める。

「嘘、でも弘君。今日帰ってきたばかりじゃん。疲れてるんだろ?悪いじゃん」
 その後を追った数馬が語尾を跳ねあげ、上擦らせると、野村は肩越しに笑みを寄越した。
「時差には体も慣れてるし、疲れてないから気にするな。店がひけたらまかないで旨い飯さえ食わせてくれたら充分だ」
「ホントに?嬉しい、ありがとう!弘君。本当のこと言うと、僕一人でお客さんを捌けるかって不安で不安で」   
「お前はもう充分一人でやっていけるよ。それは俺が保証するけど、まあ、今日は再開初日でばたつくだろうし。俺が入って気休めになるならいいかと思って来ただけだ」
 脱いだ上着と外したネクタイを手近な椅子の背にかけ、野村が鞄を椅子に置く。時計とカフリンクスを取ったシャツの袖をまくる彼の首に、数馬は店の制服でもある紺のエプロンの紐をかけた。

「ありがとう。……弘君が厨房に入ってくれたら、すごく心強い」
 安堵以上にその気遣いが嬉しくて、数馬は思わず目を潤ませる。        
「でも、まあ、バイト辞めてもう四年もも経ってるし。逆に足引っ張っちまうかもしれねえぞ」
「そんな訳ないじゃん。そりゃあ、弘君は店が忙しい時にしか包丁握ってなかったけど。それでも魚の三枚おろしは僕よりずっと巧いって、父さんだって言ってたのに」
 感極まって涙ぐむ数馬をあやして宥めるように、おどけた野村の肩を叩き、二人で小さく吹き出した。そのまま彼の背後にまわり、腰の上でエプロンの紐を結んでいると、ふいに背中に視線を感じる。 

「あっ、でも池内君が頼りないって訳じゃなくって。厨房を一人で仕切った事がなかったから、自分で自分が心配だったっていうか」
 気がつけば池内がこちらを睥睨するように頬を歪め、こちらを横目で睨んでいた。
 野村が現れ、思わず安堵を口にはしたが、池内一人じゃ不安だったと当て擦ったようにも聞こえかねない。数馬は慌てて弁解するも、池内は険しく眉根を寄せたまま、踵を返してその場を離れた。

「池内く……」
 カウンターから店内へ出て、各テーブルの割り箸補充を始める背中が無言で数馬を拒絶した。数馬は身を乗り出させて呼び止めようとするものの、逆に野村に引き止められる。
「おい、これ。こんなに炭をおこしてどうするんだ」
 野村は厨房の隅に置かれたステンレスの火おこしを覗きこみ、訝しそうに数馬に訊ねた。




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