「ほんとのことを言ってくれ」
第一章

ほんとのことを言ってくれ1

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 昭和の風情をそのまま残した裏路地の一角で、数馬の父は小さな居酒屋を営んでいる。
 電車や車の騒音が遠くに聞こえる横丁は、左右に木造長屋や個人商店が軒を列ね、細路地に濃い影を落としていた。

 宵闇が深まるにつれて、点々と灯され始める赤提灯と箱看板。電照の白い明かりで眩しく照らし出される『マキ』や『順子』のスナックの文字。数馬はそんなスナックや焼き鳥屋に隣接する父の店の引き戸に貼られた『臨時休業』の紙を剥がした。      

「あら、数馬君。今日からお店開けるんだ」
 数馬が店の出入口から箱看板を引き出していると、正面で美容院を営む君子に声をかけられる。数馬は小造りの童顔に苦い笑みを昇らせながら、破いた紙を手の中で丸めた。 
「うん。まあ、あんまり店も休めないしね」
「お父さんの具合はどう?もう二週間ぐらい入院してるわよねえ」    

 君子は店の軒先に吊したタオルを取り込み、眉をひそめる。
 居酒屋『向坂』の店主でもある数馬の父が脳梗塞を発症したのは、二週間前。幸い早期発見で済んだため、手術ではなく脳の血栓を溶解させる薬物療法がほどこされていた。
「お陰様で昨日退院してきて、今は家にいるんですけど、右半身に麻痺が少し残ってるんです。だから、しばらく自宅療養しながらの病院通いでリハビリなんです」
「そっかあ。早くまた、お父さんもお店に出られるようになるといいわね」     
 八十を過ぎてもかくしゃくとしている君子は、薄紫の眼鏡の奥で優しげな双眸を更に細めた。タオルを胸に抱えながら店に戻る彼女を見送り、最後に会釈を交わしたあとで、数馬はそっと息を吐き出す。

 もともと父子で営んできた小さな店だ。 
 カウンターの八席と、四つのテーブル席を父と自分が厨房で、接客の方は大学生のアルバイトだけでこなしてきた。
 しかし、病気で抜けた父の穴を今日から自分とアルバイトだけで埋めていかなければならなかった。数馬も高校卒業と同時に厨房に入って三年半経ち、それなりに修業も積んだつもりではいる。とはいえ、矢継ぎ早に入る客達の注文を一人で捌いていけるだろうか。
 入り口に掲げる暖簾を見つめながら、無性に不安にかられていると、その戸を開いて男がぬっと顔を出す。

「数馬君。突出しに出す七輪の炭、一応おこしてみたんですけど。不完全燃焼起すとヤバイんで、確認してもらっていいですか?」
 開いた引き戸から少しだけ顔を覗かせた池内が、くぐもる声でぼそぼそ告げた。

 二週間前にアルバイトに入ったばかりの彼は感情の起伏が乏しい上に、声にも常に張りがない。
 ただ、小柄な数馬からすれば見上げるほどの長身で、モデルのように頭も顔も小さかった。数馬も顔は小さい方だと言われるものの、華奢な顎や子犬のような丸い目が男としての迫力に欠ける感は否めない。 

 その一方で池内はといえば、一文字の眉とくっきりとした二重目蓋の双眸が精悍なイケメンだ。にも関わらず、ファッション等には全く興味がないらしい。寝癖のついた長めの黒髪が目元にかかり、ただでさえ覇気のない印象を更に陰気にさせていた。
「うん。わかった、今行く」
 と、数馬は肩越しに返事をしながら、二週間ぶりに店の前に暖簾を掲げる。そうしてすぐさま踵を返すと、店の厨房へ赴いた。
「うん。大丈夫そうだね」        
 業務用の火起しには池内が火をつけた炭がくべられている。数馬は赤々と燃える炭を火鋏で捕らえ、火力の具合を確かめた。そんな数馬を横から池内が覗きこみ、心なしか安堵の色を顔に浮かべる。 

「じゃあ、突出しの準備はこれでいいから。今日のお薦めを黒板の方に書いておいて」
「はい」
 数馬の指示に素直に従い、店の壁に取りつけられた黒板に向かう背中を数馬はそっと盗み見た。
 池内には週に四日、午後六時の開店から十二時の閉店時までバイトに入ってもらっている。
 この店で働き始めて二週間とは思えないほど仕事の呑み込みも早く、掃除や接客、皿洗いなど一通りは熟せるようになっていた。けれども、こうして今回店主がいきなり不在になってしまった事を池内はどう思っているのだろう。

 事情を彼に説明していた時も、ただ神妙に頷き返していただけだったが、いくら何でも無責任だと内心憤っているのではないのか。
 こんな半人前の板前と二人きりで店を任され、不安に思っていないだろうか。意外に品のいい字を黒板に綴る彼の背中を眺めつつ、ひとり物思いに耽っていると、暖簾を掲げたばかりの引き戸が開いた。
「いらっしゃいませ!」
 あえて腹から声を出し、明るい笑顔を向けた数馬は、暖簾を手の甲で払って現れた男を見るなり瞠目をした。
「……嘘、ヒロ君?」




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