「ホワイトナイト」
最終章

ホワイトナイト102

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日の落ちた木曽山脈の稜線から下弦の月が昇る頃。 
 彦坂旅館の主庭で焚かれた篝火が、利き酒会に訪れた客達を妖艶に出迎えている。

 普段は襖もひっそり閉めきられている別館二階の蝶の間も、今夜ばかりは大人の男女がひしめきあい、往時の賑わいを忍ばせていた。『大正ロマン』をコンセプトにした利き酒会とあって、コバルトブルーに薔薇模様という銘仙の着物や、ビーズ刺繍がほどこされたローウエストのワンピースでドレスアップした女性も多く見られる。                
 
 格天井から吊り下げられた乳白色のシャンデリア。                   
  欄間に描かれた十二単衣の美人絵図。床柱や長押にほどこされた螺鈿細工や襖の金箔が見る者の立ち位置によって刻々と輝きを変えていた。 
 また、立食ビュッフェスタイルの食事とともに、十数社に及ぶ蔵元によって樽から杓で新酒が供され、参加者達の目と舌を楽しませている。 

「いらっしゃいませ、今晩は」
 猛も今夜は藤色がかった鼠の御召に焦茶の帯を合わせ、純白の半襟で顔まわりを明るくした早春の装いで一階玄関に立っていた。
 街道添いの観光名所でスタンプを集めた観光客に景品を渡し、盆に乗せた熱いお茶を手づからふるまう。  
 その観光客の多くが瀬田のパン屋の紙袋を下げ、彦坂旅館を訪れていた。玄関脇の事務所から出てきた綾も猛の視線に気づいたらしい。  

「瀬田さんの酒粕餡パン、すごく評判いいみたい。私も頂いたんだけど、梅の酸味が効いた粒餡がとってもおいしかったの。今度うちのカフェメニューの参考にさせてもらおうと思って」 
 綾は玄関ホールの長机に景品の袋を補充しながら、感心しきりで猛に言った。高温で一気に焼き上げた真っ白なパンの中央に、ピンクの梅ジャムで梅の花を描いた愛くるしい仕上がりも女性客に好評で、中には十個単位で買っていく客もいたという。     

「瀬田さんも、最後まで新作のデザインをどうするかで悩んでいたみたいだから。評判よくて良かったわね、本当に」      
「綾さんの酒粕パスタも、限定十五食がランチタイムの一時間で完売だったそうですね」
「ありがとう。お陰様でうちも好評だったのよ」
 満面の笑みをたたえながら景品の補充を終えた綾が、今度は空の湯呑みを片っ端から盆に積み上げ、片付け始める。

「綾さん。ここは僕だけで大丈夫ですから、綾さんも利き酒会を楽しんできて下さい」
 猛は綾に代わって湯呑みを積んだ盆を持ち上げ、たしなめる。
 ボディコンシャスなシャンパンゴールドのドレスを纏った眩いほどの美貌の綾に、こんな雑務をさせるなど畏れ多い気さえした。しかし、綾は猛の後から事務所の給湯室までついて来る。

「いいの、いいの。気にしないで。だって私も一応、関係者なんだから」
 と、彼女の店のロゴ入りエプロンを首から下げ、腰の後ろで紐を結わえた。そのまま猛の隣湯呑みや小皿を洗い流し、世間話の延長のように猛に訊ねる。
「今日は陽介さんは? 望月君もまだ来ていないみたいだから心配してるんだけど」    




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