「ホワイトナイト」
第二章

ホワイトナイト9

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「あら、猛さん。さっき成井ファンドの陽介さんがおみえになられて。母屋の奥の客間にお通ししたところですけど」

 彦坂旅館の女中頭の房子に声をかけられて、猛ははっと目を上げた。
 声がした方へ顔を向けると、旅館の事務所の給湯室から出てきた房子が怪訝そうに猛を見ている。猛はとりとめのない追想から引き戻されて笑顔を浮かべ、自分の事務机の前で腰を上げた。

「ああ、……うん。ありがとう。今、行こうと思ってたとこ」
 今朝は最後に男前のビジネスマンを送り出し、チェックアウトの業務もすべて終えている。
 房子を始めとする仲居達は、客室や館内の清掃で大わらわだが、自分は今日の客がチェックインするまでしばらくの間は空きがある。猛は羽織っていた旅館の法被を脱いで椅子の背にかけ、壁際に設置された事務用ロッカーからスーツのジャケットを取り出した。

 陽介が今、自分に用があるとすれば、利き酒会に付加する企画の件に違いない。
 猛はジャケットに袖を通しながら、にわかに顔を強ばらせた。

 陽介が企画した新酒の利き酒会は、他の旅館や料亭、食事処などからも主催したいと打診が来たと陽介に告げられ、プラスアルファの企画を立案するよう指示されたのが十日前。 
 その企画の如何によって、陽介がどこに利き酒会を主催させるか判断することになっている。

 だから、猛は彦坂旅館の大番頭の山岸や料理長。
 女中頭の房子とも協議を重ね、ようやく仕上げた企画書を、陽介に提出したのが三日前。 
 自分がこの旅館を継いでから、こんなに従業員と膝を付き合わせて話し合ったことはないというほど、互いに意見を言い合った。
 今となっては企画が通っても通らなくても、それだけで本望だと思っている。

 その気持ちに変わりはないが、朝いちばんでの陽介の来訪を告げられた途端、期待と不安で息がつまりそうになる。
 猛は事務用ロッカーの鏡を覗きこんでネクタイを整え、眉を険しく寄せている自分の頬を自分で叩いて喝を入れた。


 それにしても、いつも陽介に会うと思うとこんなに緊張するのは、陽介がキレ者のコンサルタントだからだろうか。猛は陽介が待つ母屋の奥座敷へ向かう途中、随所に生けられた花の周りを清めてみたり、澄んだ晩秋の青空を見上げたりした。        
 そうしてようやく腹をくくった猛が板間の廊下に膝をつき、座敷の障子に手をかけた。
「お待たせして申し訳ございません、成井さん。彦坂です」
 廊下で口早に名乗った後、からりと障子を開いた途端、
「遅い」 
 と、不機嫌な男の声で返される。 
 しかも眉間に深い皺を刻み、座卓に頬杖ついている陽介の差し向いには、もう一人別の男が座っていた。  

「え……っ、あの」
「こんにちは」 
 清潔に撫でつけられた薄茶色の髪。細面の小さな顔に柔和な目元。
 微笑の形にたわめられたピンクの唇。
 面食らって口ごもる猛に、今朝方チェックアウトで送り出したばかりの愛想のいいサラリーマンが、人好きのする笑顔とともに会釈を寄越した。けれども今日は、先日渡した企画書の返事が聞けるのではなかったのか。




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