向かい風を行く 45

 11, 2017 07:01
しかし、試し打ちで発生した爆発が、
新人に与えた動揺は想像以上だったらしい。
 
祭りの当日。
夕方から袢纒姿で神社の境内に集まってきた彼らは一様に顔を強ばらせている。
まるで暴力団の事務所にでも殴り込みに行かされる、
下っ端舎弟のようだった。
「やっぱ、目の前であんなの見ちゃうと」
と、特に、試し打ちで暴発した手筒を作った藤木は堅い声で呟いた。
 
藤木は今夜は予備で作ったもう一本を放揚する。
だが、その予備も、もちろん藤木自身の手による物だ。
事故の後に筒の太さや縄の巻きなど、
筧を始め、美貴や先輩陣が念入りに再確認し、火薬の量も調整した。
それでも万が一、竹にヒビが入っていたらと考えると、爆発の不安は払えない。

「試し打ちは柵に立ててやったけど、奉揚は筒を抱えてやるんだし……」
藤木は今にも泣き出しそうになっていた。
だが、美貴はそんな憂慮を一蹴する。
「手筒は命懸けでやるからいいんだよ! 
お前もグチグチグチグチ言ってねえで、バシッと男、上げてこい!」
丸くなった背中を叩き、美貴が喝を入れていると、
頭の後ろで小さな笑い声がした。
 
「甲斐」
「ヨシキさんは声が大きいから。どこにいるかすぐわかる」
藍の袢纒に縞の角帯、
絞りの手拭を喧嘩被りにした甲斐が蕩けるように笑んでいる。
同じ祭りの衣裳でも、甲斐が纏うと粋でイナセで男振りまで上がって見える。
美貴は思わずドギマギしながら退いた。

「お前さ、写真撮って榊原さんに送るから。ちょっとそこに立ってろ」
と、あたふたしたまま携帯を出して向け、シャッター音を響かせた。
あの噂の元凶になった自分が行けば、また甲斐が何か言われるに違いない。
だから祭りには行かないという榊原に、
せめて写真を送ってくれと頼まれたのだ。

「どうせ、お前。榊原さんが頼んでもヤダとか言ったんだろ」
「言いました」
「だからって、なんでわざわざ俺に言うかな。あの人も……」
からかってるのか挑戦なのか。
文句を言いつつ正面から顔を撮ろうとすると、レンズの向こうで甲斐が皮肉に微笑んだ。
「……じゃあ、なんでわざわざ撮ってあげてるんですか?」


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向かい風を行く 46

 12, 2017 06:35
「……えっ?」
美貴は咄嗟に顔を上げた。
だが、そんな甲斐の当てこするような物言いと冷笑は、
すぐに寂しげな苦笑になって消え失せた。
「ヨシキさんも、今日は手筒やるんですよね」
甲斐は夕闇迫る参道に視線を移して呟いた。
両脇には柵で仕切られた観客席が設けられ、既に人垣もできている。
「まあ、あんな事故の後だしな。俺は筧さんに片手手筒に変更させられたんだけど」

片手手筒は、甲斐達新入りや筧などの年長者が奉納する
手筒花火より丈も短く、筒も細い、
手筒花火は大の男が両手両足、渾身の力で支えなければできないが、
片手花火は文字通り、片手だけで打ち上げる。
もう五年も手筒花火を奉納してきた美貴には、子供用にしか思えない。
物足りないと筧に訴えたものの、豪胆に見えて繊細な筧に一言で却下された。

「気をつけて」
美貴は不満をぶつけたが、甲斐が恐い顔で諌めてきた。
それでも美貴は不敵に笑んで、甲斐の胸を拳でトンと叩いてやる。
「お前もな」
「はい」
涼しく笑った甲斐と目と目を交わし合い、
これから奉揚が行なわれる参道に二人で自然に視線を向けた。
 
祭りの定刻が近づくにつれ、境内の外灯がひとつずつ消されいく。
掃き清められた参道も左右の人垣も雑木林も蒼いひとつの闇になる。
美貴はまっすぐ前を向いたまま、甲斐の腕を掴んで言った。
「お前も今日は男になれ」
誰よりも豪胆で勇壮な花火をぶち揚げてみせろと命じる美貴に、
甲斐は力強く頷いた。
美貴はそのまま踵を返し、甲斐とともに青年団が集う拝殿へ移動した。


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向かい風を行く 47

 13, 2017 06:25
直後に神社が真の闇に沈み込み、
拝殿で大太鼓が打ち鳴らされる。
続いて鳥居と拝殿の柱を繋ぐ二本の綱に御神火が点され、
鳥居から拝殿に向かって火の玉が駆け抜けた。
 
露払いの綱火が疾風のように空を切る音。
拝殿前の柱にあたって砕ける音がたて続けに響き渡ると、観客席がどよめいた。
綱火の火の粉が雨のように降り注ぐ参道に、
美貴を含めた三名が進み出てきて横に並び、最初に片手手筒の奉納という流れになる。

小型の筒の胴に縄で作られた柄を片手で掴み、水平に腕を伸ばしたまま、
七メートルもの高さになる火柱の重みに耐え続けるのだ。
 
真っ赤な炎を垂直に吹き上げ、
演者に火の雨を降らせた花火が燃え尽きるその瞬間、爆音とともに底が抜け、
地面に向かって爆風が吹き出した。
筒の底に詰められた特殊な火薬に、最後に火が点き、爆発的に炎を噴き出すからだった。

「……よしっ!」
という、かけ声とともに、その衝撃で美貴の身体が手筒ごと、
大きくぐるりと反転した。
漆黒の闇の中に八の字を描いて消える炎の演舞。
その後、残りの二人の手筒の底からハネの大きな炎が上がった刹那、
観客席から歓声と拍手がわき起こり、境内は熱狂的な喝采と火薬の匂いに包まれる。
 
美貴を含めた片手手筒の演者達は、拝殿裏の控えのテントに意気揚々と戻るなり、
青年団の連中にも拍手と労いの出迎えを受けた。
「ミキさん、お疲れ」
「やったな、ミキ」
暴発事故は美貴よりむしろ、周囲に濃く影を落としたのだろう。
美貴は仕事仲間や家族からも肩を叩かれ、揉みくちゃにされていた。
「大丈夫だったか」
筧にまで真顔で心配そうに詰め寄られ、美貴は思わず苦笑した。
「全然平気。何も問題ない」
 
あんな事故があったからこそ、自分が臆する姿を見せてはならない。
それだけは心に決めて臨んだ今回の奉揚だ。
美貴は新人達にも見せつけるように、
あえて満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズを取ってみせた。
 
そのあと美貴は、出迎えた団員達の一番後ろで安堵の表情を浮かべる甲斐に駆け寄り、
甲斐の両腕を無理やり上げさせ、ハイタッチを強要した。


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向かい風を行く 48

 14, 2017 06:45
「無事に済んで良かった、ヨシキさん」
「だから大丈夫だって言ったただろう」
美貴のハイタッチにもぎこちなく応え、甲斐がしみじみ呟いた。
だが、どんなに大丈夫だと強調しても、新人達には何の慰めにもならないことは、
経験者である美貴自身もわかっていた。
 
恐ろしいのは筒の暴発だけではない。
真っ赤に焼けた鋳鉄の固まりが落ちてきたら、火達磨になるかもしれないのだ。
過去には最後のハネが足に当たり、足の指がふっ飛んだ事故もあったという。
拝殿前に最初の新人演者が入場し、いよいよ奉納となった時、
賑やかだった境内に一瞬の静謐が訪れた。

だが、案の定危惧した通り、点火した手筒を脇に抱えたものの、
火柱を噴き上げる筒から顔を背けてしまい、身体が傾いでしまう者。
最後のハネの衝撃で、思わず筒を落とす新人までいた。
「ヤベえな。今年はマジで洒落になんねえ」
美貴は腕組みしながら歯噛みした。これまでになく腰の引けた奉揚ばかりで唸っていると、
いよいよ甲斐の番になる。
「行くぞ」
「はい」
毅然として頷いた甲斐が自分の手筒を抱え持つ。その甲斐を指導者の美貴が提灯を下げて先導し、
鳥居をくぐって参道を進み、拝殿の前で足を止めた。
続いて甲斐が筒の火口を拝殿に向けて地面に置き、点火の衝撃で筒が回転しないよう、
筒の下部に足をかける。
美貴の方は上部に右足をかけて固定すると、
提灯の火をトーチに移し、手筒の火口に点火した。

「側にいるから」
「はい」


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向かい風を行く 49

 15, 2017 06:00
美貴はまっすぐ前を向いたまま甲斐に告げた。
そして、作法通り踵を返して新人演者の斜め後ろで待機する。
甲斐は火を噴き出した筒に巻かれた藁縄の持ち手を持って手筒を起こし、
右脇にしっかり抱え持つと、右足を前に一歩踏み出た。
そして、十メートルを優に越す火柱の重さを堪える為に腰を低く落としていた。

立ち昇る火柱はあっという間に拝殿の屋根を越える高さになりつつある。
それでも甲斐は動かない。
真上に昇る紅蓮の炎が夜空を焦がし、
鋳鉄が黄金色の結晶のように煌めきながら甲斐の上に降り注ぐ。
それでも甲斐は燃え盛る火柱に怯むことなく平然と前を見据えたまま、不動の形で構えていた。
 
なんて男だ。
美貴は胸の中でひとりごちた。
枝垂れ桜のような火花を浴びたまま、
最後のハネに備えるように甲斐は石畳の参道を両足で堅く踏みしめて、腰を一段低くした。
と同時に、手筒花火の底が抜け、腹に響く轟音と共に辺り一面光の海に呑み込まれる。

「よし……っ!」
自分の時と同じように、美貴が腹の底から声を出し、思わず拳を握りしめた。
片手手筒とは比べものにならない炎が底から噴き出ても、
甲斐は足を踏ん張り耐え抜いた。
最後のその一瞬まで灼熱の炎を物ともせず、まっすぐ前を見つめる影の長身。
やがて地上にたなびく白煙が薄れるにつれ、甲斐が姿を現した。
薄煙の立つ手筒を下げた甲斐が、ゆっくり美貴を振り向いた。
僅かに肩を上下させ、
まるで威嚇するように双眸を眇めた少年に雄の色香を感じた刹那、
美貴は火のような恋に落ちていた。
 
好きも希求も友情も。歯痒さも憧れも哀しさも、ありとあらゆる感情が甲斐だけに向かっていた。
美貴の耳には湧き起こる歓声も拍手も聞こえない。
男を好きになっていいのかという自問も耳に入らない。
今はこの目に映る景色も、蒼い夜空と薄闇に紛れる甲斐の影だけ。
あの綺麗で冷たい男だけ。
天高く舞った火の粉が名残のように煌めきながら降ってきて、
美貴を見つめる甲斐の髪をかすめて消えた。


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向かい風を行く 50

 16, 2017 07:35
奉納を終えて、控えのテントに二人一緒に戻った途端、
青年団から力強い拍手が湧き立った。
どの顔も甲斐の健闘をたたえるような笑みを浮かべ、
温かい労いの言葉を競うようにかけてきた。

「甲斐のお蔭で、何とか新入り勢の格好ついたな」
これまであまり甲斐に対していい顔をしなかった連中まで、甲斐の肩や背中をはたいている。
「お疲れさん。よくやった。よく堪えたな。姿勢にブレがなくて綺麗だった」
美貴も上目使いに微笑みながら労った。
「本当ですか?」
「ホント、ホント。マジでお前が一番良かったよ」
 
青年団の連中に囲い込まれ、居心地悪げにしていた甲斐が、
耳をぴんと立てた犬のように振り向いた。

本当は手筒の底からハネが揚がった瞬間に、飛びつくように抱きついてみたかった。
二人でそのまま抱き合って、奉揚の成功を分かち合いたい。喜びたい。
なのに、きっと人目がなくてもそれができない苦しさに、眉をひそめて目を伏せる。

「……今日はお前が一番格好よかったよ」
美貴は隣の甲斐が、かろうじて聞こえるだけの声で言う。
その呟きも、テント内にひしめく男衆や観客達のざわめきや、腹に響く太鼓の音にかき消され、
甲斐の耳に届いたかどうかわからない。

新人の奉揚は甲斐によって締めくくられ、青年団のベテラン勢の奉揚になると、
横一列に何名もの演者が並び、
一斉に手筒花火を打ち上げるなど、祭りの興奮は最高潮に達していた。


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向かい風を行く 51

 17, 2017 06:30
「一番……って。まだ全員終わってないでしょう」
ややあって、甲斐が苦笑混じりに囁いた。
年長者組の手筒花火が真っ赤な火炎を噴き上げるたび、はにかんだ甲斐の横顔の陰影が濃くなった。
筧を始め、青年団の幹部らの奉揚も始まって、
テントの中に残っているのは数人の女性の世話役と自分と甲斐だけだ。

「お前さ。今日これ終わったら、俺と二人で打ち上げするか?」
「……えっ?」
そっぽを向きながら訊ねると、小さな驚きの声が上がる。
美貴は返事を待つ間、また断られるかもしれないと、不安で心臓がでどきついて、
息苦しくさえなっていた。
「はい、じゃあ……」
緊張で顔も見られなかったが、おずおずと甲斐が頷く微かな声がした。
ほとんど同時に美貴は甲斐を振り向いた。
返事をした甲斐もまた、気恥ずかしそうに視線を逡巡させていた。
「うん。じゃあ……、後で」
と、ぎこちなく確認し合っただけでまた、再び二人で前を向く。
その後も会話はなかったが、美貴には幸福な静けさだ。
手筒花火を打ち明ける演者達への歓声も、別世界のように遠ざかる。
この静謐な静けさを共有するのは自分と甲斐の二人だけ。
地響きのような手筒のハネの振動をたて続けに感じながら、
甲斐の手を握ってみたい衝動にかられていると、団長の筧が呼びに来た。

「おい、ラストだから全員出ろ」
と、キラキラした目で手招かれ、二人で顔を見合わせた。
「行くか」
「はい」
屈託なく微笑んだ甲斐を連れ出して、美貴もテントを後にする。

お囃子の音に太鼓も加わり境内は、隣の声も聞こえないほど賑やかだ。
最後は中型の手筒を腹に抱えた男衆が噴き出す花火を、
まるでシャンパンシャワーのようにかけ合った。
黄金色の鉄粉を頭から浴びて跳ねる演者に、観客達も惜しみない拍手と歓声を送っている。
美貴も甲斐も、この一年間の災いを払い清める手筒の火の粉を浴びながら、
目と目を交わして乱舞した。


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